第一回 愛と自由と絆
日本放送作家協会九州支部長 香月 隆

◇湾岸戦争終結直後、中東諸国へ取材に出かけた。
  オマーンに滞在していたときのこと。妻に電話した。

◇「そちら、お月様が見える?福岡は見事なお月様」…。
  そのとき中東の空は夕方で深く美しいマリンブルー。
  輝く月が昇り始めていた。
  「見える!きれいだ!」「ほんと?オマーンと日本で同じ月を見ているなんて…」。
  普段は必要な日常会話しか交わさない妻だったが
  その声の優しさが私の胸にしみた。
  自由奔放に日本を飛び発ってしまった自分を反省した。

◇その夜、詩を書いた。    

   題は<ボランティアの妻〜あなたのいないあなたの部屋で>

◇大きい机ね、あなた 
  ロッキングチェアに身を沈めて
  いつも何か悩んでいましたね
  私が点てたコーヒーを忘れて
  世界地図を見つめていた
  たくさんの本ねあなた
  乾いた指でページをめくり
  いつも何か呟いていましたね
  これはなぜだ
  線を引きながら
  本はやがて真っ赤になる

  どうしてひもじい人がいるのだろう
  どうして違う神がいるのだろう
  どうして人が殺しあうのだろう
  問い続けたあなた
  ある朝 答えがほしいと
  妻と子どもに書き置き残して
  アラブの海に発って行った

  私に、あなたの子どもに
  あの懐かしい声と仕草で
  行って来ますも言わないで

◇勿論これは私の現実の世界ではない。
  イメージが勝手に創造した虚構の世界だ。
  しかし私にとってその詩は真実の世界に違いなかった。

◇戦禍の傷跡が生々しく残るクウェートも歩いた。
  炎を上げ続ける油井の熱を感じながら
  砂漠地帯を取材した。
  だが電話で聞いた妻の声が忘れられなかった。

◇イラクで橋田信介さんらが死んだ。
  サマワでも若者達が砲声を聞きながらキャンプで
  暮らしている。みんな妻や家庭を忘れたことはないはずだ。
  愛と自由と絆…解き放つことができない人間のあかしがそこにある。